経済や政治といった「分かりやすい力」と違い、「文化」という言葉は少し漠然として感じられるかもしれません。しかし実際には、文化こそが私たちの共通の感覚、共通の感情の表れそのものであり、人間社会の根本です。それが人と人、地域と地域をゆるやかにつなぎ、社会をひとつにまとめる力になります。
衣食住の豊かさだけでなく、「私(たち)はいったい何者なのか」「この社会とどう関われば良いのか」という問いに、静かに、しかし確かな方向を示してくれるのが文化の一要素になります。
文化とは何か
文化は、単に伝統芸能やコンテンツだけの話ではありません。国や社会の精神的な骨格を形づくる以下のようなものも含まれます。
- 共通の価値観
- 仲間意識
- 風土・風俗・慣習・歴史
- 教育・道徳・伝統
これらがしっかり根づいていれば、人々は安心して社会に関わることができ、自然な信頼関係や思いやりが生まれます。
つまり文化とは、私たちが生きていくための空気のようなものといえます。
魚は「水」があるからいきいきと泳ぐことができるように、私たちも「文化」があるからこそ、日々を生きられるのです。
※一方、「共通の価値観」と違う自分がいる(言い換えると「周り」や「常識」と異なる自分がいる)と感じ、「共通の価値観」が窮屈に思えることもあると思います。それこそが私たち一人一人の「人格・個性」です。
しかしそれは逆に考えると、「共通の価値観」があるからこそ、それと衝突したときに、初めて表れるものだといえるでしょう。
ということは、「文化(共通の価値観)」が豊富な社会であれば、「人格・個性」も豊富で立派な人が多い社会になるでしょうし、「文化」が単純な社会であれば、「人格・個性」も単純な人が多い社会になると考えられます。
文化が失われていくとどうなるか
文化を失っていくことは、社会との関わり方、隣の人との関わり方のお手本(規準)が分からなくなっていくということです。その結果、個人を孤立させていきます。人々は不安になり、社会は息苦しいものになります。
- 共通の価値観や仲間意識が薄れ、人と人との信頼関係が築けなくなる
- 故郷・田舎への愛着が薄れる
- 災害時や事故時に、見知らぬ人を助けようとしなくなる
- 生活に困っても、誰にも頼れず孤立する人が増える
- 政治や社会問題への関心が薄れ、選挙や公共の議論から距離を置くようになる
- 恋愛や結婚、地域活動など、他者と関わる営みに意味を見出せなくなる
- 人と人との信頼関係が築けなくなる結果、人の中身(人格)ではなく、「学歴」「資産」「肩書き」「数値評価」といった表面的なステータスばかりが重視される社会になる
- 周りの「空気(雰囲気、ムード)」と比較できる「教え(規準、道徳)」が無いため、「空気」ばかりが強くなる。
- 「単純で過激な主張」と比較できる「教え」が無いため、「単純で過激な主張」ばかりが強くなる。
日本の現状
日本の現状とは結局、私たちの身の回りの話になりますので、それぞれ実感があることだと思います。
一方、下記の状況は日本の現状を象徴的に表しているといえるでしょう。
- 2024年の能登半島地震では、地震発生から1年以上経っても倒壊家屋が残されたままという地域があり、社会的つながりや助け合いの機能が問われている
- 近年の国政選挙の投票率として、令和6年の衆議院選挙は53.85%、令和4年の参議院選挙は52.05%と、政治参加の意欲が低迷している
- 「国のために戦いますか」という質問に「はい」と答えた人の割合は、調査対象63か国中で最下位の13.2%(2013~2020年、世界価値観調査)
- 2024年の合計特殊出生率は1.15と過去最低を大幅に更新
文化を支えるもの
文化は自然に湧き上がることが根幹ではありますが、一方で他の国力(経済力、資源力、技術力、軍事力、政治力)とも関係するものである為、意識的に守る必要もあります。そのために必要なのは、以下のような基盤です。
- 教育:歴史や価値観、他者との関わり方(知育としての学校教育。徳育としての家庭内教育)
- 安定した生活:経済的に安定していること、技術や制度の革新(イノベーション)による生活への影響が緩やかであること
- 安定した人口構造:世代間の格差が小さいこと、他の文化的ルーツを持つ人々の流入が控えめであること
- 他の国力:政治的な保護など
文化とは、社会の「こころ」とも言える存在です。社会の温もりや安心感、そして未来への希望と密接に関わっています。
経済的に豊かであっても、文化が失われれば、人は「息苦しい、生きにくい」と感じるようになります。
また、助け合いの精神が失われることで、経済的な格差拡大や貧困、被災者などの他者に関する問題への無関心を招きます。
現状は、「自己責任」といわれ、社会から見捨てられている人々の孤独感を強化し、より助け合いの精神を廃退させるといった負のスパイラルを引き起こしているのです。
この「目に見えない力」をどう育て、どう守っていくか。それは、私たち一人ひとりの関心と関わり方にかかっています。
※ここでいう「文化」は「近代化(技術革新による文明化・都市化)」とは全く異なります。
「近代化」は人々の生活水準を引き上げた一方、その水準が当たり前に思われるようになり、一人一人が生きていくための電気・ガス・水など生活インフラや、通信・銀行・ゴミ処理・郵便、道路・鉄道、行政・教育・医療・警察・消防・司法・災害対策など、社会を支えている他の人々の存在を人々の想像から切り離しました。その結果、「自分は一人で生きていける」という幼稚な驕りや慢心を人々に植え付けてしまったのです。
よって社会の一員であるという助け合い精神をもたらす「文化」と「近代化」とは全く逆の性質を持つのです。